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テレビCMの歴史



ここでは、テレビCMの歴史についてご紹介します。

日本初のテレビCMは「セイコー」

日本初のテレビCMは「セイコー」

日本テレビが1953年8月28日、民放で初めて放送を始めたことから、日本で初めてのテレビCMも同日に放送されました。日本のテレビCM第1号は、精工舎(現セイコーホールディングス株式会社)のCMです。ニワトリがぜんまい仕掛けの時計を調節する内容で、最後に「精工舎の時計が7時をお知らせいたします」というナレーションで終わる、時報をかねたCMでした。しかしながら、記念すべき第1回目の放送では、音が出ないまま放送されました。

その後、さまざまな企業がテレビCMを活用するようになり、カラーテレビの普及とともに、テレビCMは広告媒体の王様的存在として君臨するようになりました。テレビCMから生まれたキャッチコピーが流行語となったほか、タレントや俳優がCMからブレイクするなど企業の広告という枠を超えて、多くの人に親しまれるものとなりました。

テレビCMから生まれた主な流行語

テレビCMから生まれた主な流行語

テレビCMはテレビ放送開始当初より、さまざまな流行語を生んできました。1955年の「ゴホンといえば龍角散」(龍角散)は1980年代後半ごろまで同じキャッチフレーズで世代を問わず多くの人に知名度の高いCMでした。1960年代に入ると、ヱスビー食品の「インド人もびっくり!」や「あたり前田のクラッカー」(前田製菓)、「日本の夏、金鳥の夏」(金鳥蚊取り線香・大日本除虫菊)などが流行語となり、高度経済成長時代におけるモノの豊かさを繁栄するCMが話題となりました。80年代に入り、バブルの時代に突入すると、「私はコレで会社を辞めました」(禁煙パイポ・マルマン)や「亭主元気で留守がいい」(金鳥ゴン・大日本除虫菊)、「24時間戦えますか」(リゲイン・三共)といったサラリーマン向けのCMが人気となりました。一方、バブルが崩壊する1990年代に入ると、「きれいなおねえさんは、好きですか。」(松下電工)、「歌手の小金沢くん」(フィニッシュコーワ・興和)、「イチロニッサン」(日産自動車)といったタレントや著名人を前面に出すCMが増えていきました。また、90年代後半には「モノより思い出」(セレナ・日産自動車)に象徴されるように、物質的欲求を訴求するCMから感情やココロの豊かさを訴求していくCMが流れるようになりました。2000年代に入ると、「いっぱい聴けて、いっぱいしゃべれる」(NOVA)「たーらこー たーらこー」(キユーピーあえるパスタソース・キューピー)といった語感や語呂の良さで耳覚えの良いCMのフレーズが話題となったほか、インターネットの普及から「続きはWebで」というネット連動型のテレビCMが一般的なものとなりました。

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