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テレビ局情報

テレビから生まれた流行
1950年代~1970年代



テレビはいつの時代も「世相を映す鏡」です。テレビという大衆娯楽文化が始まって半世紀以上、さまざまな流行が生まれてきました。そこで、テレビ番組やテレビCMから誕生した流行を年代別にご紹介します。まずは、1950年代から1970年代の流行語です。1950年~70年代はテレビ創設期であり、戦後復興が本格化した20年です。平和な時代に突入しテレビは大衆娯楽の中心的存在になった時代でもあります。

テレビによってアメリカナイズドされていく日本

テレビによってアメリカナイズドされていく日本

1953年8月28日、日本で初めてのテレビ放送が開始されると、テレビは一気に大衆娯楽の中心として人気が出ました。戦後復興へと人々は明るい時代への希望を抱く中、家電メーカー、ナショナル(現パナソニック)のテレビCM「明るいナショナル」というフレーズが話題になりました。またテレビの登場により、いわゆる横文字が一般にも浸透していきます。テレビなどの広告業界で広告主を「スポンサー」と呼ぶようになったのも1950年代中盤です。

また、50年代は、ジェームス・ディーンやマリリン・モンローなどアメリカの映画俳優の人気が高まり、丸善石油(現コスモ石油)のCMではモンローを模したハーフの女優・小川ローザさんの「オー!モーレツ」というキャッチフレーズが流行しました。そのほか、グラマーやドライ、ウェットなどの外国語がテレビや日常でも使われる頻度が高くなったのが、この50~60年代です。テレビは「三種の神器」と呼ばれ生活に欠かせないものとなっていきました。

好景気を背景に明るい流行語が登場した60~70年代

好景気を背景に明るい流行語が登場した60~70年代

60年代に入ると、日本は経済成長を急速に伸ばしていきます。こうした好況を背景に、明るくて楽しい流行語が登場します。当時、爆発的な人気を誇ったコメディアンの植木等さんがその象徴となります。「わかっちゃいるけど、やめられない」や「お呼びでない」などの流行語を生みだし、「無責任時代」とまで呼ばれる社会現象になりました。日本のコメディーの礎となった植木等さんやクレイジーキャッツのメンバーは60年代の日本の象徴ともいうべきタレントでした。ほかにも当時には、三波伸介さん(てんぷくトリオ)の「びっくりしたなぁ、もう」やテレビCMでは大橋巨泉さんの「はっぱふみふみ」など、テレビアニメでは「おそ松くん」の「シェー!」といったギャグが流行語として一世を風靡し、当時のギャグのあふれる明るい世相をうかがわせます。

70年代に入ると、テレビはもはや多くの家庭に普及。さらにカラーテレビも一気に普及し、1970年の大阪万国博覧会を皮切りに日本が世界経済のひのき舞台へと登っていく時代を迎えます。この大阪万博の太陽の塔をデザインした岡本太郎さんの「芸術はバクハツだ!」という言葉がテレビを通じて流行語となりました。1970年代はドラマが全盛となりました。時代劇「木枯らし紋次郎」の「あっしにはかかわりのねぇこって」が流行語になったほか、「太陽にほえろ!」や「必殺仕掛人」など長寿ドラマが生まれ、そのキャラクター(役柄)が流行した時代でもありました。