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テレビで生中継された重大事件簿
「ケネディ大統領暗殺事件」



事件後50年以上経過した今でも陰謀説が唱えられている「ケネディ大統領暗殺事件」。ここでは、20世紀最大の謎とされる暗殺事件について、ご紹介します。

アメリカ希望の星が凶弾に倒れた日

アメリカ希望の星が凶弾に倒れた日

ジョン・F・ケネディは1961年、第35代アメリカ合衆国大統領に就任しました。キューバ危機やベルリンの壁、米ソ宇宙開発競争など激動の時代に直面した「アメリカの希望の星」と言われる大統領でした。そのケネディ大統領が暗殺されたのは、1963年11月22日午後12時30分。翌年に大統領選を控え、テキサス州ダラスでの遊説に向かう途中のパレードでの悲劇でした。ケネディ大統領とファーストレディのジャクリーン、テキサス州知事ジョン・コナリーと妻のネリー夫人の4人を乗せたオープンカーはダラスの空港からダウンタウンに向かっていました。その途中、3発の銃弾がオープンカーを襲い、2発がケネディ大統領に命中。頭部に致命的な負傷を負ったケネディはパークランド・メモリアル病院で息を引き取りました。ダラス到着後わずか1時間20分の出来事でした。ケネディ大統領暗殺のニュースは、すぐに世界に衛星生中継されることになりました。

日米初の衛星中継

ケネディ大統領が狙撃された11月22日、日本のテレビ界では、翌日に控えた日米間初の衛星生中継番組の放送準備に追われていました。通信衛星リレー第1号による日米共同実験放送はNHKテレビ朝日(当時は東京教育テレビ)で11月23日に行なうと定められており、両局のスタッフは前夜から作業をしていました。ところが23日午前4時ごろ、ケネディ暗殺の第一報が届くと、両局は予定していた初の衛星放送番組を急遽中止し、当初の放送開始時間を約1時間繰り上げて、ケネディ大統領暗殺の報道特番を現地アメリカから衛星生中継で放送することに切り替えました。奇しくも、日米間初の衛生生中継番組がケネディ大統領の暗殺ニュースとなり、狙撃の瞬間の映像とニュース速報が日本全国に流れ、衝撃を与えました。

謎を深めたオズワルド容疑者の暗殺

ケネディ大統領の暗殺は全米を悲しみに包みましたが、同時に多くの謎にも包まれていると言われています。暗殺から80分後、実行犯とされるオズワルド容疑者がスピード逮捕され、また、暗殺から2時間8分後には副大統領ジョンソンが大統領にスピード就任したことから、あまりにも早い事件終結がさまざまな憶測を呼ぶことになりました。そして暗殺事件から2日後、オズワルド容疑者はダラス市警本部から郡拘置所へ移送される際、多くのマスコミ陣が取り巻く中、射殺されてしまいます。この模様は当時、全米で生中継されており、オズワルドの射殺の瞬間を多くの人がリアルタイムで見ていました。射殺した犯人はマフィアとの関係が深いと取りざたされていたナイトクラブ経営者ジャック・ルビーで、動機解明が不十分なまま、ルビーもまた突如、すい臓がんを悪化させて急死し、真相は闇の中に葬り去られることとなりました。

JFK暗殺事件は、その後、ドラマや映画にもなり、さまざまなメディアや著者が真相解明に乗り出しましたが、未だに真相は解明されておらず20世紀最大の謎と言われています。